平成最後の5月(観光地)

 来年の5月1日から新元号に改元して、新しい時代が始まる。つまり平成30年(2018年)5月1日以降、毎日が「平成最後の日」である。平成最後の5月である今月は首都である東京に位置する、この時代を象徴する建造物に焦点を当ててみたい。

 まず、多くの日本人が真っ先に思い浮かべる平成時代の東京のシンボルを考えてみた。平成2年(1990年)12月に完成した新宿区の東京都庁第一本庁舎や、平成15年(2003年)4月に開業して1年後に回転ドアの事故で一躍脚光を浴びた港区の六本木ヒルズ森タワーなどを想起する人もいるかもしれないが、より多くの人々が極めて強烈でシンボリックなイメージを持つ建物といえば東京スカイツリーに違いない。

 東京スカイツリーは平成24年(2012年)2月に完成した高さが世界一の塔であり、東京のみならず日本を象徴するタワーだ。今月22日には開業からちょうど6年が経過して、去る今年の1月には来場者数が3000万人を突破した。開業して1年間の来場者数は600万人超だったので、この6年の間、徐々に客足が衰えているものの、開業前の予想を上回って順調に来場者数は伸びている。来場者の内訳は外国人来場者の割合が年々増えており、開業当時の来場者は、外国人比率が6.8%なのに対して、平成29年度(2017年度)は22.4%だったそうだ。スカイツリーが東京、そして日本のシンボルだということが外国人旅行者に認知され始めていることの裏付けではないか。

スカイツリー最寄り駅は押上駅。この駅にはスカイツリー開設に伴い「とうきょうスカイツリー駅」という名前も併せて付いている。

スカイツリー最寄り駅からの様子。観光客が多いものの、この町に住む人々の買い物姿も見受けられる。

スカイツリーのインフォメーションセンター。海外からの旅行客も多いこともあり、外国語対応もきちんと整備されているようであった。

平成には多くの地方でその地域の名産や観光スポットを特徴的に表したご当地キャラクターが誕生した。この日はそういったキャラが集まるイベントが開催されていたようだ。

 しかし、私たちが平成末期の東京スカイツリーを撮影した5月26日の午後3時過ぎにおける様子は、外国人客はそれほど多くなく、むしろ10代から20代くらいの日本人が非常に目立っていた。この日は開業6周年記念のため東京近郊都市の物産展や大道芸などさまざまなイベントが行われており、多くのカップルや女性グループが遊びに来ていたが、私たちのような男性2人組は皆無であった。ただの自意識過剰だろうが周囲から怪しい2人に見えないか、やたらと意識していた気がする。だが、それは取り越し苦労で、みんな自分たち以外の人々にはあまり興味がなさそうだった。何人かの来場者に声を掛けて話を聞いてみたかったが、ここでは誰も応じてくれなそうだ。仕方ないので「東京スカイツリータウン」1を散策しながら、現在のこの街を目に焼き付けた。平日のラッシュアワー並みにたくさんの人であふれている押上駅、ほとんどが埋まっている「東京ソラマチ」2前のベンチ、なぜか若い女性しか並んでいない謎のキャラクターとのコラボカフェなどは活気があって今の東京らしさを感じた。一方、スカイツリーの南側である業平方面には、この街でずっと商売をしてきた昔ながらの肉屋や、スカイツリーの起工時から今までを長年見守り続けてきたであろう時代がかったビルを発見した。新しいビル群に囲まれている中、年季の入ったビルの窓から顔を出し、目の前のスカイツリーを眺めている老女はどんな思いで休日ににぎわうこの新名所を見つめているのだろう。その老女と、ビルの前の「北十間川」3をぼんやり見ていたら、すっかり夕方になっていた。10年後くらいには、この年代物のビルも北十間川も姿を消しているかもしれない。

スカイツリーの姿は東京各所からすぐさま見つけることができるが、下から見上げるといつも以上に迫力を感じた。

ソラマチのテラスからは、北十間川を挟んで奥の方にスカイツリー開業後にできたであろう建物とそれ以前からあった建物が入り混じる不思議なコントラストが眺められた。

スカイツリー下のソラマチの風景。腰を下ろせるスポットが多数あるがほとんど埋まっており、観光客は座りながら食品店で買ったものを食べたりして楽しんでいるようだった。

ソラマチの中でもひときわ人気のあった飲食店のアイスクリーム屋。このほかにも大手ハンバーガーショップや焼きそば専門店など、幅広い店舗が展開されていた。

 平成の象徴が東京スカイツリーなら昭和の象徴は満場一致で東京タワーだろう。スカイツリーが誕生するまでの約50年間、東京タワーもまた東京にとどまらず日本を代表する名所だったが、昭和から平成を経て、その立ち位置は大きく変容していった。東京タワーは昭和33年(1958年)12月に落成して、自立式鉄塔としては当時、世界一の高さだった。そして、単なる観光名所に収まらず、「ゴジラ」シリーズ4や「ALWAYS 三丁目の夕日」5など、多くの作品にも登場しており、わが国のシンボルとして誰もが思い浮かべる存在であった。平成24年(2012年)には「戦後日本の復興の象徴として、高度経済成長の原点として、広く親しまれている」という理由から登録有形文化財に登録され、まさに昭和時代における日本を象徴する存在だった。だが、この繁栄は永遠には続かなかった。開業時の年間来場者数は493万人を記録したが、次第に減少していき、現在は年間約250万人前後で推移している。そして東京スカイツリーの完成後はテレビ局の電波発信という本来の役目だけでなく、日本の象徴という地位までも引導を渡すこととなった。現在はFMラジオ局の電波発信を主に行っているそうで、昭和のころのシンボルであった時代とは比べるまでもなく、衰退しているだろうと私は高をくくっていた。

東京タワーの最寄り駅である神谷町駅(東京メトロ日比谷線)の風景。大きな道路の両脇には古い建物と大企業のビルが立ち並ぶ。

東京タワーの駐車場前。入ってくる車や観光バスを誘導員が案内している。スカイツリーの駐車場は立体駐車場であったが、東京タワーは広々とした平置きの駐車場。

東京タワー地上付近。この位置からは人とタワーが一緒に撮れるようで、多くの人がスマートフォンやカメラを手にして写真を撮る様子が見られる。

東京タワー入り口付近。チケットを買い求める観光客でにぎわっているようだ。集団の中には外国人観光客の姿も確認できた。

 私たちが撮影を行った26日は、スカイツリーへ向かう前に東京タワーへ訪れた。スカイツリーと同様、入り口には行列ができており、私の暗い予想が間違っていることが一瞬で分かった。しかし客層はずいぶんと異なるようだ。スカイツリーは若年層が客層のほとんどだったのに比べて、東京タワーは年配の方と外国人が多く、若者は全体の2割ほどだろうか。また内部も数年前に訪れたときから様変わりしており、入場料金不要で入れて、土産物屋が並んでいる「フットタウン」には人気テレビアニメ「ONE PIECE」6の常設アトラクションテーマパークである「東京ワンピースタワー」なるものが設置されていた。出入り口付近に軒を連ねる土産物屋をのぞいてみると観光地にありがちなタワーのミニチュアやマグネットだけでなく、こけしや日本人形まで売られていた。スカイツリーよりも外国人客を意識しているため、「ONE PIECE」のテーマパークや、いかにも日本らしいお土産を用意しているのだろうか。この地道な経営努力のおかげか、東京タワーにもスカイツリーとは別種の活気があふれていた。遊びに来ている人たちにスカイツリーではなくあえて東京タワーへ来た理由を尋ねてみると「地方の友人が来たがっていたので連れてきた」「年を取っていて次にいつ来られるか分からないので、30年ぶりに福岡からやってきた」と、東京タワーに好意的な来訪理由が多かった。やはり年配の方にとっては東京タワーこそが今も東京の象徴なのかもしれない。お土産屋の店主も「スカイツリーができた後もお客さんは減っていない」と言っていたので、客層が変化しただけで決して衰退したわけではなかったことに気付いた。

東京タワー内の2階お土産売り場。ところ狭しと売店が軒を連ねる。商品は日本を意識した和人形や扇子など、多様な商品を取り扱っていることがうかがえた。

1階エントランスにも多くの人が見受けられた。受付や案内をする人は皆お揃いの制服を着用している。開業から今まで、時代のトレンドに合わせて制服も変わってきただろう。

東京タワーを下からのぞくと、無数の鉄鋼が立体的に組み上げられており、まるでピラミッドの内部のようである。

東京タワーから少し離れた芝公園からの風景。タワーはその鮮やかな色合いから、東京のあらゆるところから眺めることができる。

 東京スカイツリーは平成末期の現在、名実ともに日本の広告塔だが、この役割をいつまで果たすことができるだろうか。改元後の新時代にスカイツリーを超越する建造物が新たに構築されて、かつて東京タワーがたどった道と同様に前時代(平成)のシンボルになってしまう日がいつか来るかもしれない。現在、都内の観光スポットの中で最もきらめいているスカイツリーと、スカイツリーの完成後には異なる種の輝きを放っている東京タワーの今を記録しておきたいと強く感じて、平成が終幕に向かっている瞬間における、この二つのタワーを今月は捉えた。

脚注

  1. 東京スカイツリー、後述の東京ソラマチ、東京スカイツリー イーストタワーの三つの施設を中心とした新しい街のこと。
  2. 前述の東京スカイツリータウン内の商業施設のこと。食品、雑貨、ファッションなどを扱っているショップだけでなくプラネタリウムや水族館まで混在している。
  3. スカイツリーの前を流れ、西は隅田川、東は旧中川と接続している川のこと。撮影日には野鳥が見られた。
  4. 放射能で生まれた架空の怪獣ゴジラ。昭和29年(1954年)に映画1作目が上映された後、長きにわたりシリーズが作り続けられている。ゴジラは都心に現れては高層建造物を破壊する。
  5. 戦後昭和の発展とその中に見られる人間模様を描き、大ヒットした映画作品。当時を経験した世代から平成生まれの若い世代まで幅広い世代に支持された。本作品でも東京タワーが時代の象徴として映されている。
  6. 1997年より「週刊少年ジャンプ」にて連載している尾田栄一郎による海洋冒険漫画のこと。日本の漫画では最高部数を誇っており、1999年よりテレビアニメも放送されている。

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