ついこの間、年が明けたと思ったら、1月があっという間に終わってしまい、もう2月だ。今年の2月は暖冬で大雪の恐れはなさそうだが、それでも朝晩は冷え込む日が多く、三度の食事は温かいものをつい選んでしまう。寒い冬には鍋物やうどん、スープなど体の芯から温まる食べ物が欲しくなり、毎日似たものばかり食べてしまうが、現代の日本は食のバリエーションが富んでいるため、飽きることがない。朝はスーパーで買ってきた市販のスープを温めて飲み、昼には牛丼チェーン店で一人鍋膳を頼み、夜には昨今、話題になっている「Uber Eats」でうどんチェーン店のできたてうどんを配達してもらう。こんな風に毎食色んなものを自分で用意せずとも自由に食べることができるようになったのは平成になってからではないだろうか。毎食、家族で集まって手作りの家庭料理を食べることが一般的であった昭和以前と比較して、平成時代には外食産業の発達はもちろんのこと、コンビニエンスストアの発展による中食の登場、さらには多様な輸入食料品店の出現による内食の充実と、この30年の間に我々日本人の食生活は大幅に変化した。では、平成が終わりに向かっている現在、人々は何を食べて生きているのだろうか。平成最後の2月である今月は食文化の今を記録として残したいと思う。今回の取材では外食・内食・中食と三つの食事形態を主題として、たくさんの飲食店へ訪れた。
まずは外食をテーマとして、再開発で若い世代が多く住む豊洲へ向かった。豊洲は東京湾沿岸の埋め立て地で、平成初期頃から大規模再開発によって高層マンションが乱立するとファミリー世代が都内からたくさん移り住むようになり、ららぽーと豊洲やイオン東雲店といったファミリー向け生活基盤も充実している。
最初に訪れたのは豊洲駅から徒歩10分ほどで行けるイオン東雲店だ。この店舗は食料品や衣料品以外にも英語教室、保育園、内科や皮膚科など幅広い分野の専門店が備わっていて、豊洲エリアの住民には欠かせない大型スーパーである。まず、2階のフードコートへ行くと日曜日の11時という時間帯でも結構混雑していた。静かに新聞を読む老夫婦やコーヒーを飲みながらおしゃべりを楽しむ若い女性も見られるが、ほとんどは子どもを連れている若いファミリー層だ。フードコートにはマクドナルド、サーティワンアイスクリーム、リンガーハット、築地銀だこなど多様なジャンルのファストフードを自由に選ぶことができる。家でみんな同じものを食べるときとは異なり、ここでは各々が食べたいものを選択できるため、子どもたちは好きなものだけを食べることが可能だ。また、フードコート全体で子連れが多いため、少しくらい騒いだり、マナーが悪かったりしても、とがめられないのは親にとってありがたいはずだ。そういえば、私が小学生の頃、数カ月に一度は家族で大型ショッピングモールへ行き、お昼にフードコートで食事をすることはとても楽しみだった。たいていはチェーン店のハンバーガーを食べていた気がするが、自分が食べたいセットメニューを自由に選ぶことがとても楽しかった思い出として記憶に残っている。高校生になって友人たちと長時間ダラダラと話していたのもフードコートだった。おしゃれな雰囲気は全くなく、格別おいしい味というわけでもないが、楽しくおしゃべりしながら食事ができるフードコートは、日々の食生活とは異なる食事ができる場として親しまれているのかもしれない。
イオン東雲店から豊洲駅方向へ歩いていくと、駅前に吉野家豊洲店を発見した。外から店内の様子をのぞいてみると、女性の一人客が食事している姿も見られた。今から15年くらい前だと吉野家や松屋など牛丼チェーン店はほとんどが男性客だったことを覚えているが、ここ数年は女性客も見かけるようになりつつある。外食といえば家族や友人たちと一緒に食事を楽しむイメージが強かったが、単独世帯の増加や外食産業の発達によって一人で食事を取る孤食も定着してきたようだ。若者や外国人に人気のラーメンチェーン店である一蘭は「味集中カウンター」という仕切りが席と席の間に設けられていて、女性一人でも入りやすいラーメン屋をうたっている。吉野家や一蘭など一人で食事するための外食チェーン店が拡大していったのは、安価でおいしいだけでなく、現代日本における孤食志向の高まりも要因と言えるだろう。
吉野家の後に向かったのはスーパービバホーム豊洲店だ。先ほどのイオンと同様に衣食住に関わる店舗が各階に展開されていた。この場所で注目した店はサイゼリヤとはま寿司だ。サイゼリヤは安くておいしいイタリアンを味わえることで若年層に大人気のイタリアンファミリーレストランだ。12時過ぎに外から店内を見てみると、満席のため入り口近くの順番待ちの椅子に座っている客も多かった。客層は高校生や大学生、若い子連れの夫婦など多様だ。ドリンクバーがあるため、食事が終わった後も長居している人々を何組も見つけたが、店の経営上問題ないのだろうか。1000円もあればお腹いっぱいになって、グラスワインも一杯100円で飲めるほど安価な食事ができるサイゼリヤは、同業他社と比較しても一線を画した絶大な人気を誇っている。一方、はま寿司の入り口もファミリー層の長い行列ができていた。入り口の横には電子端末が置いてあり、この「はまナビ」を使うと店舗に行かなくてもスマートフォン上で順番待ちの予約ができるそうだ。ここ5年ほどで回転寿司チェーン店では予約システムを軒並み導入し、待ち時間が改善された。平成15年(2003年)ころは、休日に家族で回転寿司へ行くと1時間くらい待たされるのが普通だった。これも情報管理システムが誰でも気軽に扱える時代になったからなのだろう。また、メニューがより多彩になったことも昔との変化の一つである。寿司屋なのにクラムチャウダーや味噌ラーメンといったものまでメニューに載っていた。飽きっぽい子どもたちにとってメニューが豊富であることはきっと魅力的で、次もまた回転寿司に行きたいと思うだろう。
外食の最後は御茶ノ水に移動して老舗飲食店で昼ご飯を食べることにした。JRの御茶ノ水駅、神田駅、秋葉原駅のちょうど真ん中に位置する須田町一帯は蕎麦屋や和菓子屋など老舗の名店が集結している。今日の昼ご飯はあんこう料理専門店の「いせ源」で食べることが当初の目標だったが、店の前に到着したら30人くらいが並ぶ大行列だった。あんこうは諦めて、近くにある蕎麦の名店である「かんだやぶそば」へ行ってみると、こちらも冷たい風が吹く中、多くの人が並んで待っている。しかもほとんどが高齢者なのが驚きだ。寒さに耐えながら並んでいる姿を見て、長年ずっとおいしいものを提供し続けている老舗には過酷な季節でも人が集まって来るのだと感じた。老舗飲食店には昔から通い詰める人も多いだろうが、インターネットでこの名高い老舗を知った食通たちも遠方から食べに来ているのかもしれない。食にあまり関心のない人々が同じ格安チェーン店ばかりを利用する一方で、美食を追い求めて有名店を食べ歩く人々もたくさんいることを象徴する光景だ。結局、私たちは神保町の老舗天ぷら屋の「天麩羅はちまき」で食べることにした。店の外には並んでいないが、店内は満席でひっきりなしに客が出入りしている。食事している人はお年寄りだけでなく若い人も多く、意外にも外国人が目立っていた。メニューは英語でも併記されているので、外国人向けガイドブックにも掲載されている店かもしれない。10分くらいして出てきた天丼はタレが染みていて香ばしい匂いが鼻をくすぐる。揚げたての熱い海老を頬張ると、海老の豊かな味が口の中で広がり、頬が引きつって痛みを感じるほどだ。昭和6年(1931年)の創業から平成末までずっと営業してきて、数えきれないほどたくさんのお客さんがこの天丼のとりこになっただろう。
次は内食の現状を知るためにまた豊洲へ戻った。内食とは家で調理して食べる形態のことで、外食と違い料理する手間がかかるが、食べる人数が増えるほどコストは低くなるメリットも存在する。一見、内食文化はこの30年間にそれほど変化していないようにも思われるが、近年は健康に配慮したオーガニック食品を扱う専門店や日本ではあまり見かけない輸入食材を扱う食料品店が拡大している。私たちが訪れたのはららぽーと豊洲店の1階にあるコーヒーと輸入食材を扱うカルディだ。カルディにはコーヒーを中心に海外のお菓子や珍しい調味料が狭い店内におびただしく積まれていて、若い女性からの支持もあり急成長を遂げている。私のような男の一人暮らしだと、ほとんど利用したことがない食材ばかりだ。麻辣ソルトやカオマンガイの素など外国で使われている調味料を一つずつ眺めたり、おしゃれなデザインのワインラベルを見ながら、どんな味が楽しめるのか想像していたりするとまたたく間に時間が経ってしまい、物珍しい食品をつい買ってしまいそうだ。ちょうど2月1日から日本とEUの経済連携協定(EPA)が発効されたことで、ワインの記念セールを実施していた。昭和時代には海外の食料品を買って、自宅で料理することは極めてまれだったと思うが、21世紀になってカルディやコストコなど外国の食品を扱う店が増加したことで、家庭料理のバリエーションが多様化したのではないだろうか。また、Twitterやインスタグラムなどインターネット上で広がる口コミも輸入食料品店の人気上昇に一役買っている。芸能人や有名なブロガーたちが自分のおすすめ商品を紹介して、それを見た人々が購入した写真をインターネットに公開するスパイラルは、現代人の食に対する関心の強さを表しているのかもしれない。
外食、内食と続いて最後は中食の現状を探るべく高田馬場へ移動した。中食とは外で調理されたものを買って、家で食べる形態のことで、内食のように料理する手間はなく、また外食よりも安価である場合が多い。高田馬場のドミノ・ピザ前で様子をうかがっていると、店から出てきた若い男性がバイクの後ろの箱にピザを入れてさっそうと飛び出していった。ドミノ・ピザでは配達サービスを利用せず持ち帰った場合には、ピザの割引もしくは2枚目0円サービスを行っていてかなりお得だが、店舗まで出向くことができない人たちは高額になっても配達してもらっている。お金をかけてでも商品を届けてもらう輸送サービスは現代人の生活に根付き始めている。それを裏付けられる現象がUber Eatsの爆発的普及だ。Uber Eatsは2014年にアメリカで始まったオンラインフードデリバリーサービスで、ユーザーがWebやアプリ上でメニューを見て注文すると、Uber Eatsに登録された配達員が食事を届けるサービスだ。日本では平成28年(2016年)に東京で始まり、現在は首都圏だけでなく関西圏や名古屋、福岡でも展開している。顧客は家にいながら食べたいものを注文することができて、飲食店は人員を割かずに配達ができて、Uberは手数料を得るだけでなく、配達員の雇用を生み出すこともできる。外へ出て食事をすることが単に面倒な人や、病気や障がいなど事情があって外出できない人にとってもこのサービスは魅力的だろう。調理はもちろん、外出すらもしなくて多少の手数料を払えば料理が用意できるUber Eatsの人気は今後も続くと予想する。
今月は私たちの食事の形態が複雑化したことを多面的に把握することができた。昭和時代には手に入れることが困難だった海外の野菜、果物、香辛料などの輸入食品は、現在ではカルディや成城石井などで容易に手に入れることができる。購入した食材を用いて世界各国の料理を再現することもインターネット上の情報を検索すれば簡単にできるようになった。入手可能な食材の範囲が大きく広がったことで、我々現代人の食生活は以前とは比較できないくらい豊かになっただろう。また、内食の充実だけでなく外食や中食の発展も食事の豊かさを加速させた。昔の外食はハンバーガーや牛丼、ファミリーレストランなどが主流で外食産業の種類はそれほど多くなかったが、今ではだし茶漬け専門店やステーキ専門のチェーン店など、これまで参入がなかった料理の専門店が数多く誕生している。中食においては、日本中どこに行っても存在するコンビニが右肩上がりで店舗数を増やしている。また、先述のUber Eatsのようなデリバリーサービスなどもまだまだ成長が見込まれる。昨今の食文化の発展はとどまるところを知らない。
食の発達の裏側では、食料廃棄問題や栄養過多による肥満などの諸問題も出現している。今月の取材でも私たちは孤食問題に遭遇した。孤食とは一人きりで食事を取ることで、平成12年(2000年)ころから使われ始めた言葉だそうだ。豊洲の吉野家や神保町のはちまきでは、孤食のお客さんを何人も見かけたように今の日本では珍しくない光景だ。しかし、孤食を続けることで栄養の偏りやアルコール依存症などを引き起こす可能性は高くなるそうだ。一方で、取材中に立ち寄った豊洲のバーベキュー場では複数の子連れ家族が肉や野菜を焼きながら歓談している姿を発見した。大人たちはお酒を飲みながら世間話をしていて、子どもたちはボール遊びをしつつ、お腹が空くと親の元へ走って戻り、肉を頬張っている。また、取材終わりに訪れた高田馬場の格安居酒屋チェーン店では、大学生がお酒を飲んで大騒ぎをしていた。彼らが集まった当初の目的は食事のためだったはずだが、だんだんと大学のサークル活動や就職活動について熱弁を振るうことに夢中になり、料理はそっちのけになっていた。現在の平成末期において、自分が今日どんな食事をするのか、さまざまな選択肢が存在するが、一人きりで美食を堪能する人がいる一方で誰かと会話しながら食事を楽しむ人もたくさんいることを今月の取材で実感した。人と楽しみながら食事をすることは最高のスパイスになる。それは昔も今も変わらない食の本質と言えるだろう。
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